お知らせ(ブログ)
日本の人口と国力

政府の人口問題=少子化対策に関する目標をご覧いただきたい。
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/taikou/k_5/pdf/s3-2-1.pdf
この推計では、2020年に特殊出生率は1.6程度。2030年には1.8程度まで引き上げ、2040年には人口増加分岐点の2.07が達成されるケースを目標にしています。
そんなアホな!
一方、厚労省は、令和4年度の出生数が80万人割れし危機的な状況だと発表。
うんうん。正確ですね。
川勝知事が初めて選挙に出た時の決まり文句は「理想は富士山より高く静岡県への思いは駿河湾より深い」てなことを言ってましたが、政府の少子化対策はもう何十年行っているの?
1970年ころをピークに特殊出生率は下がり続け、2020年で1.34なのです。
人口が減ると職への従事者(働き手)不足が生じ、国力が落ちるの、外国人労働者の受け入れ拡大=技能実習生の枠を2から11の職に拡大する議論も始まっています。
岸田総理は「異次元の少子化対策」を打つらしいですが、効果はいかに?
私は、日本の人口は国土も考慮して8000万人程度でも良いと思っています。
もちろん、そのためには外貨をしっかりと稼げる商品と技術が必要です→メイド・イン・ジャパンの再構築です。
しかし、勤勉だったハズの日本人は、日本の大企業は不正不正のオンパレード。
こんな不正ばかりしていたら、世界の信頼は無くなります。
となると、残された道は、自給自足の鎖国しかないのでしょうか?
最後にひと言。「私は今の少子化は【お金】の問題ではないと思ってます。
公文書に個人情報保護は必要なのか?

公文書を開示請求し出された公文書は真っ黒ケのケ!何の書類かも識別できないような黒塗りの文書。
で、国や行政の言い分は、「個人情報の観点から…」が定番のいいわけです。
それと、「不開示情報が盛り込まれていますので…」→→→不開示情報なんて存在する方がオカシイよ。
賄賂や談合の話し合いでもしていない限り、誰となにを話したかを公表しても何も誰も困るものではない。
対話や会議の相手を秘密にすること自体が怪しまれる原因であるし、開かれた行政とは程遠いと思いませんか?
でもって、黒塗りを批判し再請求すると、一部黒塗りを外した書類が出てくる。
静岡県の職員は、「ふじのくに公務員の心得八か条」の①に「公務において身に私を構えない(公僕であれ)と⑦に、「道理をわきまえ情理を尽くし信念を曲げない」とあります。
そして川勝知事の口癖は「万事公論に決すべし」→広く意見を求め公明正大に議論を行いすぐれた結論を採用する
であるなら、堂々と公文書のすべてを公開し、意思決定の経緯、その時の行政の考え方を公にすべきでしょう。
高等学校教育の完全無償化

吉村大阪府知事は、高等学校における教育の無償化=所得制限の撤廃に取り組み始めています。
所得制限をした上で困窮家庭のみ授業料の免除等の措置は各自治体でも行われています。
論点は、①高等学校は義務教育ではないのに税金で無償化すべきか?②高校へ進学し勉強をしたい志を家庭の経済的事情で打ち消して良いのか?③現代社会において高等学校のポジションと意味は?
令和2年度の高等学校進学率は、女子95.7%、男子95.3%とほとんどの子どもが進学をしていますが、実は平成28年から少しづつ減少しているのです。
この「ほとんどの子どもが進学していること」と「減少の原因が家庭の経済的理由にある」と分析する人たちが、「所得制限を撤廃した高校教育無償化」へと結論づけていると思われます。
就学の志を持った子どもが家庭の経済的事情で道を阻まれることは、あってはなりません。→現状でも所得制限つきだが免除の道はある。
しかし、授業料を免除されても、進学を諦め働いて家計の手助けをしなくてはならない苦境の子どもたちへの救済措置がないのです。
私は、ここを重視したい。お金持ちの家庭まで授業料をタダにするくらいなら、上記のような家庭には、授業料+生活費の支援を行った方が良いと思うのです。
そして、もうひとつは、義務教育ではない高等学校は自らが志望して就学するのだから、勉強する気のない子どもは入学させる必要もない。(線引きは難しいですが)
テレビの取材で見かけるような高校生なのに単純な割り算や掛け算ができない。地理も歴史もでたらめな回答をする。ごく一部の子どもたちではありますが、高校には友達と会うために通学しているだけのような子供たちまで税金で通学させる必要は無いと思います。
ただし、画像{ナンパMG5」のように、外観だけで判断してはいけません。
心機一転&初志貫徹で再スタート

議員控室の引っ越しも完了し、いよいよ実質的に始動!どころか、6月議会の一般質問に登壇することとなりm¥、連休中に浜松まつりの合間をぬって質問項目を洗い出しました。
本日、20項目の質問について職員さんと打ち合わせを行い、早急に各部局のヒアリング日程を組んでいただきます。
このヒアリングが質問に際して最も重要で、質問の主旨と求める行政の対応を話し合い、実のある答弁(施策)を引き出せるかが勝負です。
このヒアリングを経て20項目の質問は6~7項目に絞られ、さらに詳細な議論と駆け引きを行っていきます。
そして、質問原稿の政策に取り掛かり、6月19日の最終レクを経て、予定では6月29日の午後1時30分より登壇いたします。
内々的には、答弁の方向性は把握できていますが、答弁内容によっては再質問で詳細かつ具体的な答弁を求めたり、要望や意見をぶつけるのですが、
ここの原稿(想定で)も若干は用意をしておきます。
今回は、この1年間の川勝県政を見ての問題点と、選挙中に様々な方からお預かりした事案の幾つかを質問で当局にぶつける予定です。
インターネット中継も行いますので、お時間のある方はぜひご覧ください。
ドキュメンタリーと指向性

故安倍晋三氏のドキュメンタリー映画「妖怪の孫」が各地で上映されています。
ドキュメンタリーとは、虚構を用いず実際のままを記録した性質を持つことが重要で、ブラックユーモアや揶揄を入れ込むべきではない。
さらに、指向性や意図を持った人が、両サイドの事実を出さず、片側(陰の部分や闇の部分)だけを追いかけ表現してはなりません。
「妖怪の孫」は、私はまだ見ていませんが、、、今の世の中、淡々と事実だけを追い続け、評価や判断は見る人に任せるような真のドキュメントは存在しないと感じています。
物事の解釈は、正面から見た場合と、横や斜め後ろから見るのとでは誤差が生じます。これは印象も同じで、例えば笑っている顔全体を映像とするのと、口元のアップでは見る人の印象は180度変わってしまうこともあります。
つまりはドキュメントといっても、作者の意図がどこまで入り込んでいるかを想像する「見る側のチカラ」も必要となってくるのだと感じています。
しかし、安倍氏が凶弾に倒れて1年も経っていない時期に、このような映画を政策発表するのは、感情として「さもしいな」と感じます。